2009年11月21日

山本修プロフィール

山本修プロフィール
神奈川県逗子市出身
東京芸術大学卒業。永島義男氏に師事
芸大管弦楽研究部講師を経て、1985年東京都交響楽団入団
1987年、東京文化会館小ホールにてデビューリサイタル開催
1989年、ベルリンへ留学。前ベルリンフィルハーモニー第一首席奏者
ライナーツェパリッツ氏に師事
1999年、津田ホールにてリサイタル開催
NHK-FMリサイタル、FM名曲リサイタルに出演
2004年、2010京都、東京文化会館小ホールにてリサイタル開催

現在、東京都交響楽団首席奏者のほか、サイトウキネンオーケストラ、
ジャパンチェンバーオーケストラ、アンサンブルノマド、オーケストラMAP'S、
トウキョウモーツアルトプレイヤーズのメンバー。
また小澤征爾音楽塾、かずさ国際音楽祭の
講師としても活躍中
東京芸術大学、洗足学園大学各講師
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2009年10月23日

番外プロフィール

1959年神奈川県逗子市に生まれ、2才の頃から母にピアノの手ほどきを受ける。
その後なんとなくピアノを続けるが、母子ではなかなか上手くいかず中途半端…
でも、小さい時から「絶対音楽家以外の職業にはつかないだろう…」とは思っていた。

小学校では鼓笛隊で小太鼓をたたき、中学ではブラスバンドでチューバを吹いたりしたが、やっぱり専門的にきちんとクラシックを勉強しなきゃと、ピアノの矢野義明先生についたり、ソルフェージを川合良一先生についたりした。
その頃、合唱コンクールなどで<指揮>の喜びをしってしまい、「将来は絶対指揮者!」と無謀な夢を持っていた。

一方、中学に入ってすぐにフォークギターにはまり、毎月千円のおこづかいを一年間投じ月賦で買った名器(?)を弾きまくっていた。
そして、吉田拓郎を神様と仰ぎ、「将来は吉田拓郎になる!」と訳の分からない夢(?)も持っていた。
この支離滅裂な夢の組み合わせで、拓郎のLPとカラヤンのLPを擦り切れる程聴いた。

その頃から、漠然と《芸大》に対する憧れが芽生え、吉田拓郎に成れないことに気付き、指揮者も中途半端なピアノじゃあダメと気付き、ギターで芸大に入れない事にも気付き、高校一年で永島義男先生の門を叩く。

コントラバスを選んだ理由は、中学にあった楽器を、ギター仲間と遊ぶ時にベンベンやっていた(かぐや姫を真似)事や、ギターの下四弦のチューニングがコントラバス同じ事とか、体がでかいからやれ…と言われた事とか、いつか指揮者になるために…と思いながらとか…かなり動機は不純である。

それでもなんとか頑張って練習し、芸大に入れたのは、永島先生のおかげである!
何か「この人に嫌われたくないな…」と言う思いが常にあったからかも…。

芸大に入って、意気揚々としたのもつかの間…先輩達に比べ、自分の下手さを痛感させられる!
先輩に負けるか!…の思いでなんとか頑張って、卒業してすぐ芸大オーケストラのオーディションに合格!
一年たった頃だろうか…コントラバスカルテット等で一緒に遊んで頂いていた、村上満志氏よりお誘い頂き、二年間勤めた芸大オケをやめ都響入団!

いつかは留学を…と考え、その頃ソロがバリバリのG氏の所にいくつもりだったが、都響へ入って見ると、相葉武久氏を始めとする、諸先輩達の美しく豪快な奏法はライナー、ツェパリッツ先生の教えによるものだと分かり、29才の時にベルリンへ一年間留学。
コントラバスの喜びを沢山教えて頂き帰国。

その後、2001年より首席となり現在に至る。

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